失敗しない人事評価制度の運用と風土醸成
千葉県内のある企業様から、中堅・中小企業に共通する深いお悩みをいただきました。
「数年前にシンクタンクやコンサルタントに入ってもらい、立派な人事評価制度を設計した。運用フェーズに入っているものの、いざフタを開けてみると、各部門長の評価はバラバラ。評価基準の言葉が抽象的で、最終的には経営陣の『印象』で点数を調整してしまっている」
さらに、この企業様にはもう一つ、大きなジレンマが。
一般社員は「B評価(標準)」以上で昇給するものの、管理職への昇格は「S評価またはA評価を2年連続で獲得する」という高いハードルが設定されていたのです。
経営陣としては「会社を成長させるために、早く右腕となる管理職が増えてほしい」と心から願っています。しかし、評価基準があいまいなため、部門長は誰もが納得する「S・A評価」をつける勇気が持てず、結局「無難なB評価」に落ち着いてしまう。あるいは、経営陣が見て「まだ管理職には早い」という印象や「年配者からの妬みが起こりそう」という周囲への配慮が働いてしまう。
結果として、社員からは「結局、社長のお気に入り度合いで決まるじゃないか」「頑張っても管理職にはなれない」「こんな不明瞭な制度なら無い方がマシだ」という不平不満が漏れ始めている……という状況。
経営者にとって会社を良くしようと時間とコストをかけて導入した制度が、逆に社員のモチベーションを下げている現状は、もどかしいですよね。しかしこれはよくある失敗例で、解決することができます。
弊社がご支援してきた数百の地方中堅・中小企業において、ほぼ100%ぶつかる「制度運用の壁」なのです。本日は、「立派な制度はあるが、誰も管理職に上がれない」と悩む経営者や経営陣に向けて、なぜその現象が起きるのか、そして社内に波風(ハレーション)を立てずに、評価制度を血の通ったものにするための具体的なステップをお伝えします。
「変わりたいけど、波風は立てたくない」地方企業のジレンマ
外部の専門家が設計した評価制度は、理論上は非常に美しくできています。「コンピテンシー(行動特性)」などの専門用語が並び、評価項目も細分化されているはずです。
しかし、地方中小企業の現場にこれをそのまま持ち込むと、必ず「解釈のズレ」が起きます。
「主体的に業務に取り組んでいるか」という抽象的な項目に対し、ある部長は「毎月新しい提案を出すこと」をA評価とし、別の部長は「言われた作業を文句を言わずにこなすこと」をA評価とする。基準がないため、評価者のさじ加減一つで点数が変わり、最終的には「経営陣の印象判断」に着地してしまうのです。
この状況に対し、ネットで検索すれば「評価者会議ですり合わせましょう」「1on1面談を導入しましょう」といった解決策が山のように出てきます。
しかし、地方企業の場合、それだけではうまくいきません。なぜなら、地方企業は社員同士の距離が近く家族的だからこそ、「制度を厳格に運用して、社員の間にギスギスした空気が生まれること(ハレーション)」を極端に恐れるからです。
「変わりたい」という想いと、「波風を立てたくない」という想いが拮抗し、結果として「全員に無難なB評価をつけること」を優先してしまう。
このジレンマを打破するためには、面談の手法を変えることではなく、「S・A評価に値する行動」を誰もが自然と実践できる「風土(土壌)」を作ることが、一番の近道です。
成功企業は「日常のプロジェクト」で評価基準を浸透させている
評価制度を上手に運用し、次々と優秀なリーダーが育っている企業は、いきなり制度を押し付けることはしません。必ず「風土醸成」の仕組みを持っています。
① 部署の垣根を越えたプロジェクト(千葉県:拓匠開発 様)
千葉市で急成長する同社は、単なる業務連絡を超えた「社内プロジェクト(「シン・新選組」や「匠に拓く委員会」など)」や「社内イベント」を日常的に行っています。通常業務とは別に、一緒に社内企画に取り組み、互いの価値観を知ることで「自分はこの会社で大切にされている」という心理的安全性が社内に深く根付いています。
② 日々の対話による「価値観のすり合わせ」(徳島県:西精工 様)
「日本でいちばん大切にしたい会社」にも選ばれる同社は、毎朝1時間の朝礼を行っています。業務報告ではなく、会社の理念について自分の言葉で語り合い、感謝を伝え合う場です。この毎日の対話があるからこそ「会社が何を大切にしているか(=何がS評価・A評価なのか)」が全社員の共通認識として浸透しています。
この2社に共通しているのは、エクセルシートの評価項目に頼る前に、社員が「会社が求める行動」を自然と練習・実践できる場(プロジェクトや朝礼)を用意しているという点です。
ハレーションを起こさず、未来の管理職を育てる3つのステップ
では、明日から具体的にどう動けばよいでしょうか。最も難しく、かつ絶対に避けて通れない「ステップ①」を中心に、具体的な運用方法を解説します。

ステップ①:抽象的な評価を「自社らしい具体的な行動」に言語化しなおす
制度運用が始まらない最大の原因はここです。コンピテンシーという難しい言葉を、現場が想像できるレベルにまで「翻訳」しなければ、運用は「う」の字も始まりません。
経営陣と現在の管理職が集まり、「うちの会社において、管理職になれるレベルのS評価・A評価って、明日から具体的にどんな行動ができている状態だろうか?」と徹底的に話し合います。
×:「他部署と連携し、主体的に課題解決ができる」(抽象的すぎる)
〇:「他部署が忙しい時に、自ら『何か手伝いましょうか』と声をかけ、実際に1時間応援に入ることができる」(自社らしい具体的な行動)
〇:「後輩のミスを発見した際、怒る前に『どうすれば防げるか』の改善策をセットで考え、マニュアルを1ページ更新できる」
このように、「誰が見ても『やったか、やっていないか』がわかる行動レベル」にまで言葉を落とし込みます。これが、印象評価を防ぐための唯一にして最強の「共通のものさし」になります。
ステップ②:言語化した行動に通ずる「社内プロジェクト」を発足する
ステップ①で作った「S・A評価の行動」を、「さあ、明日からの通常業務でやってみなさい」と言っても、社員は照れや戸惑いから実行できません。ここでハレーションが起きます。
そこで、通常業務とは切り離した「社内プロジェクト(お祭り)」を発足させます。
例えば、「他部署への貢献」や「業務改善」がA評価の基準だとしたら、「社内環境ピカピカ・プロジェクト(5S活動)」や「部署間サンクスカード・プロジェクト」などを立ち上げます。
拓匠開発様や西精工様のように、「通常の仕事(売上や納期)のプレッシャーがない場所」で、社員が会社のために動く機会を意図的に作り出します。失敗しても怒られない、前向きなプロジェクトであることが重要です。
ステップ③:チーム戦で巻き込み、「会社が大切にしたい行動」を自然と実践させる
プロジェクトを発足させても、「やりたい人だけやって」では誰も動きません。そこで、「チーム戦(ゲーム化)」を取り入れ、一人でも多くの従業員が自然と参加したくなる仕組みを作ります。
「部署対抗で、今月一番『ありがとう』を集めたチームにランチ券プレゼント!」
「年代別の混成チームで、社内のムダ削減アイデアのコンテストをしよう!」
このように、遊び心を持ってチーム戦にすることで、社員は「チームのためだから」という理由で、自然と「他部署を助ける」「自ら提案する」といった行動をとるようになります。ハレーションを恐れる社員も、お祭りやゲームの延長であれば参加のハードルがグッと下がります。
参考事例集:厚生労働省 働き方改革 特設サイト
厚労省より全国各地の企業様の事例が掲載されています。自社の業界や社員数、年商規模に近そうな企業や自社で取り組んでみたい事例をイメージすることができると思います。
ぜひ、当サイトの事例集も積極的に活用してみることをお勧めします。
プロジェクトでの活躍が「正当な評価」を生む
このステップ③が回り始めると、社内に劇的な変化が起きます。
これまで通常業務だけでは「主体性」が見えづらかった社員が、プロジェクトのリーダーとして他部署をまとめ上げる姿が見えてきます。
その時、管理職は自信を持ってこう言えるはずです。
「〇〇さんは、今回のプロジェクトで他部署を巻き込み、見事に改善策を実行した。これはステップ①で定義した『A評価の行動』そのものだ!」
経営陣も、その具体的な活躍の事実を知っているため、印象で評価を下げることはありません。誰もが納得する形でS評価・A評価が生まれ、未来の管理職が育っていくのです。
人事評価制度は、エクセルの点数をつけるためではなく、「会社が大切にしたい行動」を社員に伝え、それを実践できた人を称賛するためのツールです。
まずは、管理職の皆様と「うちの会社が大切にしたい、本当のS評価・A評価の行動って何だろう?」と、言語化することから始めてみてください。
もし、「自社だけで行動の言語化(ステップ①)をするのが難しい」「どんなプロジェクト(ステップ②)を立ち上げればいいか悩む」と感じられた際は、いつでも私たちにご相談ください。
外部の客観的な視点を交えながら、地方企業ならではの「優しさ」を活かした、無理のない制度運用と風土醸成を全力で伴走支援させていただきます。



